どこに住むか考える散歩|橋本健史(橋本健史建築設計事務所)

2022.10.27

 2021年の春に、東京から塩屋に一家4人で移り住んだ。生まれてから小学生までを過ごしたマンションや、父方の実家が車で15分ほどの距離にあるので、いわゆるUターンにあたるのだろうが、昔からよく知っている場所というわけではなかった。塩屋について知ったのは、森本アリさんの著書『旧グッゲンハイム邸物語』を読んだところが大きい。古い洋館を地域の人が主体となって保存し、積極的に活用している話だ。建築設計の仕事を10年ほど続けてきて、文化財の活用について可能性を感じていたし、JRの車窓から素晴らしい瀬戸内海の風景が広がるのが塩屋あたりだったと思い出したこともある。
その後偶然が重なり、塩屋を案内してもらえる機会を得た。物件をいくつか歩いて回ったのだが、なによりその道が大変に魅力的だった。建築基準法上の道路とは異なる、境界があいまいで、細く、曲がりくねり、階段も伴う、一見どこにあるかすらわからない道。その合間合間で「この空き家はおもしろくなりそう」といった話を聞く。事前にネットで見ていた不動産情報はほとんど役に立たない。建物のほうは職業柄ある程度はどうとでもなるので、ここに住んだら良さそうだと身体的に感じられる場所を選ぼうと思った。ただ散歩しているだけで楽しく、そのまちのどこに住もうかと考えながら歩くというのは、得がたい体験だった。そうして、複雑な上り坂の先にある、少しだけ海の見える家を購入することにした。南に下る斜面は見晴らしがよく、北には山を背負う。東には親密な路地があり、西には荒れ地がある。
この西の荒れ地は塩屋でも特に眺めの良い丘だが、市営住宅跡地として長年放置されていた。最近になって有志が整備のための活動を始めたのだが、どうなっていくかは今のところまったくの未知数である。ともかく月に1〜2回の草刈りに参加しながら、いろいろな人たちと一緒に考えている。旺盛な自然相手はコントロールがままならないこともあるが、この場所はきっと良くなるに違いない、という予感がある。そうした、ありえるかもしれない別の可能性が感じられることが、私にとっては場所の魅力であり、生活の楽しさとつながっている。

橋本健史 (橋本健史建築設計事務所)
神戸出身。横浜、浜松、東京を経て塩屋に。築55年の木造住宅を自宅兼事務所とするため、目下改修工事中。

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