サラ・デュルトの塩屋坂文学

2026.03.24

坂が登場する文学を知ることは、
坂の魅力を再発見すること。
坂文学を読むことで、
坂のあるまちの暮らしが見えてきます。

昨年話題になった柴崎友香の『帰れない探偵』はのっけから坂文学だった。坂が出てくる文学、坂文学。
昔はひなびた港町、今は高層ビルが林立するケーブルカーのあるまち。名前の明らかではないこの坂の都市は、香港なのかリスボンなのかヴァルパライソなのかサンフランシスコなのか、はたまた長崎、神戸なのか。実際には存在しないまちなのかもしれないが、知っている坂の都市の特徴をさまざまに当てはめて思い浮かべる。「坂」という文字がリアルな勾配を呼び覚ます。
この頃はこんなふうに、どこかで「坂」や「塩屋」という言葉を探しながら本を読み進めてしまっていることに気がつく。2024年に「坂のまちサミット!?」を企画した際に神戸の坂が出てくる文学を集めて紹介する機会を得たことがその理由の一つで、もう一つは塩屋文学。
文中に「塩屋」という言葉が出てくれば、すなわち「塩屋文学」。
「塩屋」といっても、それが本当に塩屋のことなのかを検証する。違えば、どの「塩屋」であるかを明確にし、塩屋であれば、正式に「塩屋文学」と認定し、かつ、全て集めてみようという壮大な計画を『塩屋文学全集』と銘打って、渉猟し始めて早4年。いささか集まっている『塩屋文学全集』の中から、さらに限定して「坂」の出てくるものをピックアップすると、図らずも名のない坂に名前をつけてくれているものから、坂が好き過ぎて(?)道路を舐めるものまで、いろいろ見つかった。そもそも、馬や列車で通り過ぎるだけだったり(『平家物語』『暗夜行路』『第二阿房列車』など)、町に背を向けて海の方を見ているのでなければ(『困ったときの友』『李歐』など)、ひとたび塩屋を歩くと、半ば必然的に坂に出くわす。坂にぶち当たる。上り坂もあれば、下り坂もある。塩屋の坂文学をいくつか紹介しよう。

坂を駆け下りる
爽快感を味わう

『少年H』 下巻 妹尾河童 講談社 1997

言わずと知れた舞台美術家・妹尾河童の自伝的小説。少年Hは画家の小磯良平に絵を習いたいと思い、疎開して住んでいた塩屋の家を訪ねる。いきなり絵を持参したHに小磯は、弟子はとらないが絵は見ても良いと告げる。

Hは夢のようだった。次に来る日を約束して玄関の戸を閉めてから、「わーっ」と叫びながら駅までまっしぐらに走った。丘から見下ろした海は、波がキラキラ光っていた。海峡をへだてて横たわっている淡路島もすぐ目の前の近さに見えた。Hははしりながら「生きていてよかった」と思った。こんなに嬉しいことは今までになかった。

塩屋の丘の上から喜びに胸を膨らませて坂を走り降りるHの目に映る光景が日常的に目にしている風景と重なり合う。今日も「生きていてよかった」。

坂と縁の深いまちに住むことの
意味を考える

『消えゆく幻燈』 竹中郁 編集工房ノア 1985

さて、その小磯良平の住んだ家。実際はどこにあったのだろうと知りたくなって、神戸市立小磯良平美術館に問い合わせてみたところ、疎開先というものの、正確には第2次大戦後、1946年に滝の茶屋の滝本邸に間借りし、翌47年に近くの洋館を借りて暮らしたのだとか。2中(現在の県立兵庫高校)の頃からの親友・竹中郁が小磯と坂との関わりを以下のように記している。

小磯の住むところ、或いは生まれたところを辿ると、奇妙にみな坂とかかわりがある。もともと神戸という土地が、六甲山系から水とともに吐き出された扇状地の斜面という運命から、坂と縁がふかいのは当然だが、それにしても、海岸ちかくを移り育ったわたくしからみると、小磯と坂道という結びつきは、何としても忘れ去ることのできない題目である。坂道が小磯を育てた、などというと、唐突すぎて笑い話にもならないが、一生ついて回った坂道というものが何かをもたらさない筈はない。根気とか、忍従とか、或いは坂の上から展望した空濶(くうかつ)とか、上り切ってふり返って、自分が自分の体重を押し上げてきたものへの自負とか、とにかく平地で育ったわたくしにはないものを多分に持っているようにみえる。或いは小磯が半ば意識して、坂そのものを自己の順境への刺激として取っておこうなどと思っているのかも知れないし、海のひろさは好きだが、そのねばっこい空気やまぶしい反射、それとは反対の素早いかげりなどを本能的にのがれたいのかもしれない。それがいつも、小高い丘を選ばせるのかも知れない。(「人と作品」)

体力的な観点以外で坂のあるまちに住むことで体得する特質について考えたことはあまりなかった。平地族から見た坂の民の気質は、竹中が小磯の親友であるだけに洞察的で深い。肯定的な評価であることが、同じく坂のまちに住む身としては励みになる。

名前をつけることは
坂を知る最初の一歩< 『鳴かずのカッコウ』 手嶋龍一 小学館 2021

ジェームス山の外国人住宅地を開発したE.W.ジェームスが戦時中にスパイの嫌疑をかけられたことを知ってか知らでか、このインテリジェンス小説は、ジェームス山を舞台にしている。主人公の公安調査員、梶壮太は月見山に住み、ジョギングコースとして須磨海浜公園から塩屋にかけての海沿いの4キロあまりを走った後、一気にピッチを上げて「坂道」を駆け上がる。ライオン像も住宅地への立入禁止看板も不動明王の祠も描写されている。初出では「坂道」とだけ記されている青山台から塩屋町5丁目と6丁目の間を通って国道に出る長い坂。もう少し先で、歴史的経緯から現在のジェームス邸の状況までが仔細に記述される中で、この、名前のない坂に「ジェームス坂」という名称が与えられている。「外国人住宅地」と呼び習わされているジェームス山を「異人住宅地」と呼び替えるのに違和感を禁じ得ないうえ、とりたてて呼び名がないはずの坂を命名するスパイ小説。「ジェームス坂」という名称は初めて目にした気がする。一部のトレイル・ランナーたちが絵地図にある言葉にちなんでこの坂を「エキゾチック坂」と呼ぶことは把握しているのだけれど。名付けることは、漠然とした対象に言葉という輪郭を与え、独自の概念として認知する行為。坂に名前をつけよう。

塩屋に暮らすなら
手に入れたい

『海と山のすきまで』 いしいしんじ ワンダカレー店出版部 2023

塩屋駅を降りて、塩屋谷川へと抜けるメインストリートで芳醇なカレーの香りを放っているワンダカレー店。この店のレトルトカレーの付録として手に入れられる短編小説。その中に出てくるのが以下の一節。

見あげるような急坂を、雲を踏むような足どりで駆けあがり、海沿いの古い家やマンションに明るい声で郵便をとどける。

ある日塩屋に突然現れた、記憶喪失と疑われる自分の名前も素性も知らない青年の足取りは信じられないくらい軽い。子どもの頃、易々と駆け上がっていた200段の階段が、この頃は堪える。「雲を踏むような足どり」で坂や階段が駆け上がれたら、塩屋暮らしは明るい。叶うなら手に入れたい。

文:サラ・デュルト