塩屋の野鳥|大石康平(余白珈琲)

2022.09.08

 「ホーホケキョ」。なじみ深い、春を告げる声だ。「ホーホケキョ」。やわらかい陽光、桜に染まる町、なんだか気分も緩む。「ホーホケキョ」。ところで、ウグイスを見たことあったっけ。
数年前の春、塩屋に引っ越してみた。ここは海町。坂の上の古い家を借りると、もれなくオーシャン・ビューが付いてきた。と言いたいところだが、わが家のベランダからは、見事なヤブしか見えない。こちらが少しでも気を許すと、名前もわからない木の枝やツルが、じゃれ合いを求めてくる。困ったものだが、おかげさまで、毎日いろいろな野鳥が飛んでくる(虫が豊富な証拠です)。最初はほとんど興味を持っていなかったのだが、あまりにもいろいろな種類の、色彩豊かな鳥たちが現れるので、いつしか観察が日課になった。
この町で、人生で初めてウグイスを見た。朗らかなさえずりのイメージとは裏腹に、警戒心の強いウグイスは、ヤブの奥のような日陰を好む。春になったら飛来する鳥、というわけではなく、ふだんは「ジッ、ジッ」と地味な声を出しながら、一年中、ひっそりと暮らしている。同じヤブでも、メジロは明るい場所にやってくる。立ち食いそば店のように、さっと食べて、さっと出て行く。ヒヨドリは、喫茶店的。おしゃべりしたり、長居したり。シジュウカラは、木のてっぺんの席を好むようだ。木の幹を叩くコゲラと、マシュマロみたいなエナガは、いつも群れをつくって行動している。一方で、屋根の上、ひゅるりと口笛を吹きながら、海を見渡しているイソヒヨドリは、群れることを嫌う。
野鳥の世界に、住民票が存在するかどうかは知らないが、小さな空間を、なんとなく住み分けて暮らしているように見える。駅前商店街にはスズメがいて、塩屋墓地にはヤマガラがいる。川では、カルガモやホシハジロ、サギがひと休みしていて、公園や駐車場では、ハクセキレイがてくてくと歩いている。思い出という名の地図を手がかりに、初夏には南国からツバメが、晩秋には北国からジョウビタキが、はるばる帰省する。
この町は、きっと「ふつう」の町だ。ユニークな面ばかり強調されるが、1色に染め上げてしまうほどの、強く、特別な色があるわけではない。いろいろな人がいて、それぞれの地図を持っていて、それぞれのグッとくるポイントを面白がり、それぞれの心地よさを見出し、今日も多様に暮らしている。