塩屋の豆乳| スズキナオ(ライター)

2022.09.08

 最近、豆乳がいきなり大好きになってきた。きっかけになったのは神戸市灘区の水道筋商店街近くにある佐藤とうふ店で、店頭で無糖の豆乳を飲んでその美味しさに驚いた。以来、町を歩いていて豆腐屋を見つけたら豆乳が売られているかを確かめ、あれば必ず買う(その場で飲ませてもらえる場合はその場で飲む)ようになった。
塩屋にある田仲とうふ店の豆腐が美味しいらしいことは、『旧グッゲンハイム邸裏長屋(レシピ本)』を読んで知った。旧グッゲンハイム邸の裏長屋に住む人々の食生活を、数々のレシピを交えて紹介しているこのZINEの中で、田仲とうふ店について“3種類の硬さの豆腐に、濃厚な豆乳、数種の厚揚げなど様々なこだわりの豆製品が並ぶ”と書かれている。“濃厚な豆乳”があると知り、いつか必ずその豆乳を飲んでみようと思った。
それで塩屋にやってきたのが今日である。私が塩屋に来るのは旧グッゲンハイム邸での催しを目的としていることがほとんどで、つまりちょっと特別な、よそ行きの感覚で歩くことばかりだったのだが、今日は豆乳を買いに来ただけだ。ついでにちょっと辺りを散歩できればいいや、というぐらいの、フラットな気持ち。
田仲とうふ店の場所はなんとなくわかっていて、すぐにたどり着けた。豆乳が欲しいと告げると、おまけをつけて下さった(後でそれは店の名物の「豆腐スティック」だと知った)。ご常連さんが「ここは『ゆし豆腐』が美味しいんです」と教えてくれたのでそれもいただく。店主に「どこから来たの?」と聞かれ、「大阪からです」と答えると、「わざわざ大阪から豆乳を買いに!?」と驚かれた。店主とご常連さんとにこの辺りのおすすめの店を色々教えていただき、もらった地図を手に周辺を散策。リュックの中にはビニール袋たっぷりの豆乳とゆし豆腐が入っているから少し慎重に歩く必要がある。
ワンダカレー店で田仲とうふ店の豆腐を使った「田仲とうふカレー」を食べ、田仲とうふ店のご常連が教えてくれた古着と雑貨の店・シオコレに立ち寄る。店内に何枚か並んでいたCDの中から「ペドグ」というタイトルの1枚を選んでレジに持っていったらお店の方に「わ!ペドグが売れた!」と驚かれた。旧グッゲンハイム邸の裏長屋に住む人々によって結成されたトランペットバンドで、「決して上手にならないこと」がポリシーだという。
お店の方に「塩屋浜」への行き方を教わり、そこでコープミニ塩屋で買っておいた缶チューハイを飲んだ(駅前のコミュニティストアが無くなっていたからどこでお酒を買うべきか少し迷った)。石ころだらけの浜。ここからこんな風に海が見えるなんて初めて知った。
そろそろ帰ろうと思って駅までの道を歩いていると、塩屋に住む友人が真っ正面から歩いてきた。少しの間、散歩につきあってもらい、台湾カフェ・Ryu Cafe、活版印刷所・PROTOなど、塩屋には新しいお店が続々オープンしていることを聞く(先ほど私が行ったシオコレも2021年の5月にオープンしたばかりだとか)。夕方からオープンするレコード店・Zipangu RECORDがいかに素晴らしいかという話も聞き、自分が塩屋のことを全然知らなかったことを知った。
大阪に帰ってすぐ、田仲とうふ店の豆乳をグラスに注いでグッと飲む。本当に濃厚で旨い。そこに甲類焼酎を注ぎ、“田仲とうふ店の豆乳ハイ”を作って飲んだら、これがまた最高だった。それを飲みながらペドグのCDを再生したら、ほがらかでちょっと間の抜けた太い音が響き渡り、さっきまで塩屋で感じていた空気が部屋に広がったように思えた。