塩屋の3|小山直基(シオヤプロジェクト)

2022.09.08

 歌手、佐川満男は塩屋に住んでいる。
と、文章を始めたのは『神戸、書いてどうなるのか』(安田謙一)に書かれた「小説家、筒井康隆は垂水に住んでいる」という一文について、グ邸の佐々木さんとつい最近話したから。ほんまに垂水すんでるの?と山陰出身の佐々木さん。生まれも育ちもずっとこの辺りの私は「実はさあ…」といった地元ならではの濃いのを一発お見舞いしたいが、「本に出てくるけど、一回も見たことないし、なんも聞いたことないねん」と空を切る。
一方、佐川満男さんの濃いのは塩屋のまちじゅうに散らばっている。塩屋幼稚園のモザイク壁画、お好み焼きみきや、須磨浦山上遊園のふんすいランド売店の水彩画。昔のエピソードは塩屋のベテランたちから簡単に入手できるし、私の職場には佐川満男さん本人が自身の近況を時々話しにくる。ということで気を取り直してもう一度。歌手、佐川満男は塩屋に住んでいる。
佐川さんに手製の鍋料理をご馳走してもらったことがある。これがとても美味しかった。以来、小山家ではそれを佐川満男鍋とそのまま命名し、家族親族友人に振る舞い、頼まれたわけでもないのに勝手に広めている。そこでこの度、佐川満男鍋(正式名称「大根しゃぶしゃぶ」)のレシピをここでも紹介したいと思う。
具材は大根、豚バラ、揚げ。以上。出汁は昆布鰹で濃いめにとって、醤油、砂糖、酒、みりんで甘めの麺つゆを作る。そこににんにくと厚切り生姜をたっぷり入れて香りが出るまで火にかける。あとはトッピングに七味、胡麻、三ツ葉を用意すれば準備完了。
大根は切らず皮も剥かず、ピーラーで削ぎそのまま鍋に落としていく。疲れたら一旦やめて、そこに揚げを撒き、豚バラを広げて鍋に敷く。豚バラに火が通ったら引き揚げ、出汁とトッピングと一緒に食べる。これを延々とリピートする。最後にきしめんでしめると、完全にしまる。
妻とこの鍋の進化形を求めて、あれこれ具材をひとつ足してみるという実験を繰り返した時期もあったが、悉く失敗に終わった。冷蔵庫にあると思って無かった揚げを抜いたこともあるが、物足りない。むかしラジオで菊地成孔だった気がするが、キャンディーズの歌声をそれぞれ聞き分けられるのは3声だからだと言っていた。4声以上はそれらを固まりとして聞き取るため、個を味わえない。佐川満男鍋の具材も同様、大根、豚バラ、揚げ。これには何も足せない、何も引けない、完璧な3なのである。

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