塩屋とカレー|松田俊宏(ワンダカレー店)

2022.09.08

 数年ぶりに来たお客さんに「何も変わらんねー、お店。」と言われることがある。たぶん悪気はないんだろう。
しかし、そんな時は「へへ‥そうですかい?」なんて半笑いで返しながら、内心は「変わってないわけない。ちゃんと見とんか。あそこに棚無かったやろ。鍋変えたし。味もマイナーチェンジしとうし。エプロンも帽子も変わったし。BGMのボリュームも…」なんて思っている。
そもそも、飲食業界で変わらず続けることは難しい。カレー業界で言っても、一昔前うちのような欧風カレーも注目されていたのだが、今はスパイスカレー全盛の時代だ。日本人は新しい味を求めるのだ。インスタ映えも大事だ。
ワンダカレー店は時代の波に乗ってない。映えないし。栄枯盛衰。いや大して栄も盛もしてない。だからただの枯衰だ。
塩屋で店を構えて10数年。周りの店も変わってきた。愛すべき濃い店主ばかりの塩屋商店街も果物屋、花屋、純喫茶、寿司屋、スナックなどが引退されていき、ピザ屋、カフェ、バー、レコード屋、チョコレート屋など魅力的な店に入れ替わって、塩屋に遊びに来る人が増えている。塩屋は波に乗っている。
この波に便乗しない手はない。スパイスカレーの波には乗れないが、塩屋の波に乗るのだ。枯衰のカレー屋はコスい(姑息なという意味の俗語)のだ。ちゃうちゃう。老舗感をだしていこう。「塩屋はなぁー、昔はなぁー」とか言おう。「うちのカレーはなぁー、気合いがなぁー」とか言おう。脂が乗っている感じをだそう。歳も四十だし。その割にフワフワしているが。だがワクワクもしている。あ、だからフワクというのか。
小学生がワクチンのことをワクワクチンチンというのと同レベルの思考回路だ。
まとめると不惑を迎えてもフワフワワクワクのカレー屋は枯衰でコスいがゴイゴイスーだ。チンチン。
こんなことを考えながら今日も大量の玉ねぎをぐるぐる炒めていると、いつもと変わらないカレーが出来るのだ。
そのカレーを一杯注いでみた。
塩屋の町の眼前に拡がる播磨灘のように穏やかだ。
ビックウェーブは果たして来るだろうか。