塩屋で打つ|佐々木俊行(SSK軒)

2022.09.08

 塩屋で暮らすようになって、10年以上が過ぎた。
住み始めた頃には信じられなかったような場所にまで、いい感じのお店ができたり、いろんなお店が増え、町は豊かさを増していっている。

 何年か前に蕎麦打ちができるお店ができた。なんとも珍しいお店ができたもんだなあくらいに思っていたが、ある日、好きな蕎麦前をしながら、そういえば住んでいる町で気軽にそば打ちができ、晩酌に自分で打った蕎麦が待っているなんて、そんなチャンスもそうそうないのかなと体験から始め半年が経った。
前面ガラス張りの店から通りがよく見え、先生の奥様の自家製パンの販売も人気で、たくさんの人の往来が蕎麦を打ちながら見える。馴染みの人、人間サイズの安心して暮らせる町に移り住んできたファミリー、近頃は、若いセンスに満ち溢れたお店が次々とオープンしたせいか、若者たちがたくさん町にやってきて、打ちながら新しい流れを感じ、清々しい新鮮な気持ちになる。

 もう一つの打つ。角打ち。あるミュージシャンとの交流をきっかけに角打ちという酒屋で飲む行為が好きになった。何度か彼と一緒に角打つ機会があり、印象に残ってるのが、食品や生活雑貨などが揃う商店で飲みながら「ここは酒屋じゃないんだけど、自分の中では最高なんだよね。このなんでもない商品や生活を感じながら飲むのもまたいいんだよね。」
塩屋でも、これに似たようなことを静かに楽しんでいる。ご近所さん、電車通勤帰りの人、自分が尊敬する町のレジェンドたちが、ふらっとやってきてはいつもの缶、カップ、一升瓶、お好み焼き用のキャベツなんかを流れるように手に取り、店主と何気ない会話を交わし去ってゆく。私の来るずっと以前、もう何十年も繰りかえされてきた光景なんだろう。

 目の前の海に、今日も船が漂い、行ったり来たりを繰り返す。

 コロナがやってきて、新しい打つがはじまった。インターネットで競艇を打ち始めた。裏目でハズした時、誰かが言ってた言葉を思い出す。

 人が町を作り、町が人を育てる。
町が人を作り、人が町を育てる。