高校時代、先輩に首根っこを掴まれて遊びによく連れ回された。〆に行くのは決まってMONALISAだった。それまで一括りにただの観光地くらいにナメていた北野にカウンターをくらい、北野通いをするなかでまちの露地や小径が半端ないことを知った。神戸の作家、陳舜臣は「まちの風格は、露地からにじみ出るものに左右される」と書いている。仰る通り。北野の露地はまち全体の風格をあらわしている。
第二回の勝手にまち探訪は北野編。北野と言っても、北野町と山本通も含めたいわゆる「異人館地帯」。この日はまちを歩く前に、早朝5時から開店する再度山の灯籠茶屋で朝食を食べようと、希望者を募って集合時間を早くした。灯籠茶屋は「屋外のテラスで熱々のおでんを頂きながら、朝から呑める」と神戸R不動産の小泉さんから聞いていた。JR元町駅西口改札前に集合し、山に向かう。まずは兵庫県警察本部裏の西角に立っている不動明王像に朝の挨拶。「神戸八社巡拝」でも知られる四宮神社も途中に寄って朝の挨拶。四十にして「しのみや」と読むことを知る。
諏訪山児童公園沿いの再度谷道は、近隣住民の毎日登山のルートになっている。激しい高低差もなく、緑も豊か。谷の向こうの集落を眺めると、神戸にいることを忘れられる。何より夏でも涼しい。この日、残念ながら、灯籠茶屋は営業していなかったが、下山ルートには諏訪神社、金星台、かつて諏訪山遊園という名称で、園内に動物園もあった諏訪山公園があり、アトラクションに事欠かない。しかもこれらを全部スルーすると登って降りても1時間かからない。再度谷道は、塩屋から登る旗振山と同様に、毎日登山を軽い感覚で楽しめる。神戸は山が近いとよく言われるが、山が日常生活と近いということだ。
まちに降りて、C.A.P.下田さんに「海外移住と文化の交流センター」を案内してもらう。丁度、ズガ・コーサクとクリ・エイト二人展「仮の風景 あっ パートⅡ」の会期中で、段ボールなどの廃材ですべて作られたまちの再現性に眩暈する。ユダヤ教の会堂「シナゴーグ」、ジャイナ教の寺院「バグワン・マハビールスワミ・ジェイン寺院」、イスラム教の寺院「神戸ムスリムモスク」は、飛び込みのお願いにもかかわらず快くなかを見せてくれて、親切に案内までしてくれた。そのあと島田ギャラリーに行く前に、タトアーキテクツ島田陽さんの事務所にも寄せてもらってふたつをはしごした。北野を散歩するときのおすすめを聞かれると、浄福寺の裏の小径に入ったところに建つ大木と共生している家と、風見鶏の館の裏の路地にある北野坂の下を今も流れる北野川の開渠周辺と答える。
北野天満神社の階段を登って、いいロケーションから神戸を眺める。ここからすぐ南の北野町広場の場所には昔「ホテル・ヒルトン」というラブホテルがあったそうだが、きっと同じように神戸を一望できただろう。階段を降りたところに「天満神社参道」碑があり、その裏側には参道設立者として「イー・ダブルユー・ジエームス」の名前が刻まれている。塩屋のまちに馴染み深いジェームス氏は、北野を経由して塩屋に住んだようだ。この日の案内人である森田義さんと合流してからは、現在王子動物園内に移設されている在りし日のハンター邸について、また現存する北野の異人館についてさすがというレベルで紹介してもらった(北野についての詳しく知りたければ「北野『雑居地』ものがたり」が良書です)。イベントの最後に普段入ることができない神戸華僑総会(旧ギルリンハム邸)に特別に入らせてもらった。神戸華僑総会は、旧グッゲンハイム邸と同じハンセルの設計だと推定されており、明治初年にこのエリアで最初に西洋人と借地契約がされた異人館だそうだ。かつては異人館地帯の一番南端の高台に立ち、神戸港が一望できたであろういいロケーションの庭園からまた神戸を眺めた。
後日、イベントに参加してくれた北野に住む友人が小松益喜の画集を見せてくれた。小松益喜は神戸の異人館風景に魅せられ、異人館を描き続けた画家だ。作品を見ると戦前・戦後の北野の異人館風景だけではなく、なんでもない路地や小径までいくつも描かれていて、どれも見応えがある。作品に対するキャプションも読み応えがいちいちある。そこには異人館の塀の色やレンガの積み方、庭の木々、壁、門扉、煙突や鎧窓など建物の特徴についてや、それらの色の調和について「美しい」とか「すがすがしい」とか「お気に入り」とか。ほかにも、どこの国のどんな人が住んでいて引っ越したとか、犬を何匹飼っているとか、あの異人館の塀の色が塗り変わったとか。「このあたりの様相はすぐに変わるので、油断もスキもない」と急ぎ足で北野に通い、まちの今を瞬間ではなく、定点観測のように描き続けた小松氏にただ感服する。もちろん本人にお会いしたことはない。話を聞くことも叶わないが、よくぞここまで描いてくださったと一方的にお礼でも伝えられればと考えたが一瞬で諦めて、見せてもらった画集の発行者である私の大叔父のお墓を今度代わりに参ることにした。
文・写真 小山直基(2023年8月)
INFORMATION
シオヤプロジェクト(略してシオプロ)が塩屋を飛び出して、勝手によそのまちを行き当たりばったり&ざっくばらんに探訪するシリーズ第2弾は、「長田山手|丸山」に引き続き「山手」。とはいえ、神戸観光の定番中の定番「北野町」、意外と神戸の人は敬遠してあまり近寄らなかったりしませんか? さすが、開港百五十年、ハイカラ神戸の縮図・・・というか雑居地のエネルギーは散歩すると今も随所にみられます。三宮の中心から一番近い住宅地は歴史の積み重なりの宝庫。もちろん塩屋の好物、高低差の宝庫。観光地を迂回し続ける北野探索。よかったらご一緒に。再度山の茶屋で朝食という上級者コースも選べます。
案内人:森田 義(ただし)さん
日 時:2018年6月28日 (木)
茶屋での朝食をご一緒される方は8時集合 or まちあるきからご参加の方は10時集合〜16時頃解散
探訪場所:北野町エリア(神戸市中央区)
集合場所:茶屋から参加の方は8時にJR元町駅西口改札 or まちあるきから参加の方は10時に北野工房のまち
料 金:500円
主催:シオヤプロジェクト
平成30年度 神戸市・まちの再生・活性化に寄与する文化芸術創造支援助成対象事業
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勝手にまち探訪は、神戸市内の、ガイドブックには載らない一癖ある個性の強い町を選び、その町をよく知る案内人とともに7時間歩き倒し、それぞれのエリアの魅力を発見するまち歩きです。