あの『暗夜行路』も塩屋文学。

2023.11.11

文庫本で600ページ近く前編・後編に渡って展開する物語の中で、たった一文。それも極端に短い。「塩屋、舞子の海岸は美しかった。」続く、「夕映えを映した夕なぎの海に、岸近く小舟で軽く揺られながら、胡座をかいて、網を繕っている船頭がある。白い砂浜の松の根から長く網を延ばして、もう夜泊(よどまり)の支度をしている漁船がある。謙作は楽しい気持ちで、これらを眺めていた。」が塩屋の浜についてか、舞子の浜についてなのか判然としないが、ここは、両方、もしくは塩屋の浜であったと受け止めたい。

物語の前半で重要な部分を占める尾道での生活に先立つ部分、東京から神戸へ船で着いて、鉄道に乗り換えて尾道へ向かう。見知らぬ土地での生活に期待を膨らませているような、前向きな、楽観的な気持ちが伺える。書名からしてどちらかというとシリアスな場面の多い『暗夜行路』の中で、主人公謙作が「楽しい気持ち」で眺めていたのは塩屋か?舞子か?

ちょうどそういう場面を切り取ったような絵葉書を見つけた。これはもう、間違いなく塩屋だ。